大分地方裁判所 昭和24年(モ)3号 判決 1949年2月16日
申立人(仮処分被申請人)
大分交通株式会社
被申立人(仮処分申請人)
酒井明
外五名
主文
大分地方裁判所昭和二十四年(ヨ)第一号仮処分事件につき同裁判所が昭和二十四年一月八日にした仮処分決定は、申立人(仮処分被申請人)が金五千円の担保を供することを条件として、これを取消す。
訴訟費用は被申立人(仮処分申請人)等の負担とする。
右第一項の裁判は仮にこれを執行することができる。
申請の趣旨
本件訴訟は特別事情にもとずく仮処分取消の申立という形式で提起せられているが申立人の実際主張するところは、仮処分に対する異議申立が主なるものであつて、特別事情にもとずく取消の申立はこれに附随してなされているに過ぎないと認められるから、以下申立人を仮処分被申請人、被申立人等を仮処分申請人等と夫々表示し、仮処分異議訴訟の例に従つて当事者双方の主張及び立証を摘示する。
事実
(一) 仮処分申請人等の主張
仮処分申請人等は「大分地方裁判所昭和二四年(ヨ)第一号仮処分申請事件につき同裁判所が昭和二十四年一月八日なした仮処分決定はこれを認可する。」との判決を求める。
申請人等はいずれも被申請人会社の従業員で、そのうち申請人酒井明は同会社従業員を以て組織せられる大分交通労働組合の副組合長、申請人平山憲政も亦同じく副組合長、申請人後藤精徳は同組合代議員、申請人後藤正義は同組合執行委員、申請人岩尾英信は同組合大分支部書記長、申請人姫野直は同組合青年部書記長として夫々同組合幹部の地位にある。而して被申請人と右組合の間には昭和二十三年八月、九月両月の暫定賃銀額について紛争を生じ被申請人から同年十一月六日大分地方労働委員会に右紛争の調停申請がなされその結果前記八、九月分暫定賃銀額については双方意見の一致を見たのであるが次いで同年同月二十三日右組合は更に被申請人に対し越年資金支給の要求を提出し、爾来これに関して争議が継続した。その間申請人等は前記組合幹部として右争議の指導並に外部との接衝連絡等に当り、右組合の加盟している日本私鉄労働組合総連合会からの指令によつて罷業突入の準備を進めていたところ、昭和二十三年十二月二十一日に至つて同連合会から罷業中止の指令が出たことをラジオ放送によつて知つたので、各組合員にこれを徹底させるため同日は終夜奔走した。
ところが翌二十二日被申請人会社業務課操車係から、従業員が職場を抛棄する形勢がある旨の急報があつたので申請人等は乗務員控室に急行し、乗務員等を説得して電車運行の保持につとめ同日午後三時ようやく平常の運行状態を回復するのに成功した。こうして罷業を回避しつゝ大分交通労働組合長と被申請人側との間に越年資金支給についての交渉を続ける裡、同年十二月二十七日に至り大分地方労働委員会委員後藤和夫の個人の資格による仲裁で協定案が成立しこれを前記組合及び被申請人双方共受諾して遂にこの争議は円満に解決した。ところが被申請人は地方労働委員会の承認を得ることなく昭和二十三年十二月二十八日附で申請人等に対し社務の都合により解雇する旨の通知をし昭和二十四年一月五日限り従業員としての資格を剥奪した。
併しながら申請人等は前記のように合法的に争議行為をしたほか何等解雇される理由はないから被申請人は申請人等が争議行為をしたことを理由として地方労働委員会の同意もなく解雇したものというのほかなく右解雇は労働組合法第十一条及び労働関係調整法第四十条に違反するから無効である。
仮にこれ等の各法条に違反しないとしても本件解雇は被申請人会社と大分交通労働組合との間の労働協約に定められた手続を経ていないから無効である。即ち右労働協約実施に関する覚書によると従業員等主要な人事に関する事項は団体交渉によるか或は両者の代表で構成される経営協議会の規定に定められた手続により組合と合議した上でなければこれを実行し得ないことになつているに拘らず、被申請人会社は本件解雇について何等このような交渉も合議もしていないから右解雇は無効である。そこで申請人等は別に本案訴訟によつて右解雇の無効確認を求めるが、右本案訴訟の判決が確定するまで、本件解雇の効力がなかつたと同様な仮の地位を定めて貰う必要があるので本件仮処分を申請した次第である。
(二) 仮処分被申請人の主張
仮処分被申請人は「大分地方裁判所昭和二四年(ヨ)第一号仮処分申請事件につき、同裁判所が同年一月八日なした仮処分決定は被申請人に相当の保証を立てさせてこれを取消す」との判決を求めその理由として次のように主張する。
(イ) 被申請人が昭和二十三年十二月二十八日申請人等酒井明外五名の従業員を解雇したことは相違ない。併し解雇に至るまでの事情は申請人等の主張するようなものではない。申請人等の属する大分交通労働組合は昭和二十三年十一月二十七日被申請会社に対し越冬資金の要求をして来たので被申請人会社は直ちに同組合とこの点につき交渉をかさねているうち同年十二月廿二日同組合員約百二三十名が申請人等の指導並に助勢の下に被申請人会社には無断で被申請人会社従業員としての職場を抛棄し大分市内若竹公園で催された趣冬資金要求貫徹蹶起大会に参加した。そのために被申請人会社経営の大分市内電車は従業員の不足によつて運行を停止し大分別府間軌道もまた同様の理由で運行量半減するの止むなきに至つたので、被申請会社は百方手をつくした末同日午後八時頃に至つてようやく平常の運行状態を回復することができた。而して被申請人会社は同日直ちに越冬資金問題につき前記組合と更に交渉を進めると共に前述の戦場抛棄の責任追求と処罰問題をも協議したが容易に意見の一致を見ることができず、交通事業の公益性から見て一日も早くこれ等の問題を解決する必要があるので翌二十三日大分地方労働委員会に右各問題につき調停の申請をした。(同被申請人会社経営の国東鉄道にも亦職場抛棄を生じた。)勿論同委員会はこれを受理したが調停の進行中同委員会からはこの件につき斡旋を試みたいと被申請人会社に通告し、同委員会会長代理人訴外後藤和夫において種々斡旋を試みたが遂に結論に達せず最後に当事者双方とも一切を白紙にかえして同訴外人に仲裁を一任することになつた。そこで同訴外人は同年同月二十七日前記組合の要求する越冬資金と被申請人会社の主張する前記職場抛棄に関する責任者の解雇とを夫々認める仲裁裁定をし同日大分地方労働委員会仲裁第一号裁定案としてこれを組合代表及び被申請人会社代表の双方に示した。被申請人会社はこの裁定に服し翌二十八日裁定案通りの越冬資金を従業員に支払うと共に申請人等を含む従業員合計十一名を解雇した。又組合側においても念のため大分県下各支部に右裁定内容を通告して承認を求めたところ各支部ともその所属組合員等の決議を経た上異議なくこれを承認した。尚大分地方労働委員会は昭和二十四年二月十日に至り右解雇に同意した次第である。
1、思うに越冬資金支給の問題については被申請人会社から大分地方労働委員会に昭和二十三年十二月二十三日初めて調停の申請をしたのであるから(右調停の経過中越冬資金要求額のうち一部を暫定賃銀の形で支給する案について非公式に話合つたことはあるが正式にこのような要求又は回答が行われた事実はない)労働関係調整第法三十七条の制限によつて大分交通労働組合は右調停申請後三十日を経過しなければいわゆる争議行為をなすことは許されない筈である。ところが申請人等は右調停申請に先立ち前記職場抛棄に参加し又は指導助勢したので被申請人会社はこれを解雇するに至つたもので争議行為をしたことを理由として解雇したのでは断じてない。従つて、本件解雇につき労働組合法第十一条及び労働関係調整法第四十条適用の余地はないこと極めて明白である。
2、仮に争議行為を理由として解雇したものであるとしても申請人等を解雇したのは前記のように大分地方労働委員会委員後藤和夫の仲裁にともづくものであるから有効である。この仲裁が大分地方労働委員会の仲裁であるか、又右後藤和夫個人の仲裁であるかの問題はしばらくこれを措き、そのいずれにしても労働関係調整法にいわゆる仲裁であることには疑がない。従つてこれは同法第三十四条の適用により労働協約と同一の効力を有する。換言すればこの仲裁条項は組合の意思にもとずくものなのである。若しこの仲裁がなければ年末を控えて前記越冬資金をめぐる争議は重大な事態を生ずるかも知れなかつたのであるし、この仲裁が無効であると宣言されるならば被申請人会社が既になした総額四百万円に上る越冬資金の支払も亦無効となるべき筋合であることを考えれば、右仲裁は有効であり、これにもとずいて行われた本件解雇は労働組合法第十一条や労働関係調整法の規定に拘らず、申請人等所属組合の意思にもとずくものである点において有効であると解釈すべきである。元来労働組合法第十一条も労働関係調整法第四十条も共に個々の労働者の保護、救済を目的としたものではなくて、労働組合の団結権と争議権を保障するのがその眼目である。従つて個々の労働者がたとえ争議行為をしたことの理由の下に解雇されても、それが右労働者所属の組合の承認によるものであれば前記各法条適用の余地はないと解すべきであろう。蓋し諸般の状況から見て一部労働者が解雇されても争議を解決した方が組合全体のためにも、使用者のためにも、将又国民経済の興隆のためにも結局有利であると認められる場合には一部労働者の解雇を条件とする労働争議の調整を適法と解すべきであることは労働関係調整法の総則、同法第四十条但書等から窺はれる同法の精神から考えてまことに明瞭であるからである。而も本件解雇については念のため大分地方労働委員会の同意を求めたところ、昭和二十四年二月十日同委員会はこれに同意をしている。
以上いずれの理由からしても本件解雇は有効であつて前記仮処分は失当である。
3、次に本件仮処分は申請人等に被申請人会社の従業員である仮の地位を認めている。併し右仮処分事件について大分交通労働組合は当事者になつていないから、申請人等はこの仮処分の結果同組合員である仮の地位を得たと考えることは許されないところである。而も同組合としては前述のように本件解雇を異議なく承認して申請人等がもはや同組合員でないことを確認しているのである。従つて本件仮処分は結局被申請人に対し大分交通労働組合員でない申請人等を従業員として取扱うことを命ずることになるが、被申請人と右組合間には同組合員でない者を従業員としない旨の労働協約があるので、本件仮処分は被申請人に右協約違反を強いる違法がある。
(ロ) 次に本件仮処分は被申請人会社従業員一般に対して使用者と労働組合との間の合意とか約束とかいうものは、従業員が一方的に或事実を主張さえすれば随時これを取消すことができるものであるという誤信を与え前記のような合意や約束を軽んずる気風を生ぜしめる虞があるし、又申請人等が一旦職場に復帰し不当な宣伝を行うことになると職場の秩序を乱し被申請人会社の経営能率を低下させる危険もあるので、本件仮処分によつて被申請人会社の蒙る有形無形の損害は著しく大であり、反対に本件仮処が取消されても申請人等の蒙る損害は比較的少い。これは本件仮処分の取消を求めるに足りる特別の事情に該当する。
(三) 仮処分申請人等の反駁
(イ) 本件越年資金要求の問題について大分交通労働組合に罷業権がなかつたという被申請人の主張は失当である。
大分交通労働組合が加盟している日本私鉄労働組合総連合会と大分交通株式会社の加盟する使用者団体私鉄経営者協会との間にはかねて賃金問題に関する団体交渉が行われ昭和二十三年十月八日中央労働委員会にその調停申請をした。従つてこれから三十日の平和期間を経た同年十一月八日以降この問題について前記連合会(以下総連と略称する)所属の各労働組合は争議行為を行うことができるのであつて総連指導の下に昭和二十三年十二月二十二日を期し全国一斉の二十四時間罷業を行う計画であつた。但し本格的賃銀につき中央労働委員会の調停が成功するまでは各組合から各使用者に対し個別的に暫定賃銀の交渉をする方針であつたので、大分交通労働組合は被申請会社とその交渉に入り昭和二十三年八月以降十一月までの暫定賃金については両者の協定が成立したが更に同組合は昭和二十三年十一月二十七日被申請人会社に対し十二月分の暫定賃銀及び越年資金等として金六百五十万円の要求を提出し爾来交渉を重ねた。
而して右要求額中百五十万円は同年十二月分暫定賃銀として要求したものであり被申請人会社は一時暫定賃銀百七十万円越年資金一人当り金一千円支給の回答をしたこともあつたが容易に両者の主張が一致を見ないので遂に同年十二月十七日被申請人会社に対し右要求貫徹のために罷業を行う旨通告する一方総連から罷業権行使の承認を受け罷業備準体制を備えつゝ被申請会社との交渉を続行した。そうして会社はその威圧を受けて漸次譲歩して来たが、前記全国一斉罷業が中止となるやにはかに越年資金については争議権がないと主張し出したものである。
1、併し乍ら前記のように賃銀に関する争議について調停が申請された後三十日を経て争議権が発生した以上右争議が完全な終局を結ぶに至るまでは争議行為はこれを自由に行い得るのであつて暫定賃銀について争議権のあることは前記昭和二十三年十二月二十二日の罷業計画がこの問題について計画されたものであることから明である。
従つて暫定賃銀要求と共になされた越年資金要求についてこの争議権を利用することも亦自由な訳であり、越年資金要求について大分交通労働組合は罷業権を持たないと言う被申請人の主張は理由がない。
2、仮に右のような争議権がないとしても、昭和二十三年十二月二十二日大分交通労働組合員百二、三十名が職場を抛棄して越年資金要求大会に参加し、これがため被申請人会社経営の電車の運行が阻害せられたのは正にいわゆる争議行為である。そもそも争議行為とは一定の主張を貫徹する目的で多数団結して職場を抛棄する等業務の正常な運行を阻害する行為をいうのであつて、それが争議権にもとずくか否かはこれを問わない。
ところで前記の職場抛棄は、当時被申請人会社と前記組合との間に昭和二十三年七月以降の賃銀問題について主張の不一致が存在し、組合側がその主張を貫徹する目的で行つた業務阻害行為であるから争議行為であることは疑がない。而も右職場抛棄の原因をなした越年資金要求貫徹の労働者大会に参加する方針はその前日昭和二十三年十二月二十一日行われた大分交通労働組合中央闘争委員会の決定にもとずくものであるから、決して組合の統制をはなれた争議行為ではない。従つてまた右労働者大会参加のため不法に職場を抛棄した者が従業員の一部にあつたとしても、それは申請人の責任ではない。
申請人等はこれを指導助勢したことはなく右大会参加人員については中央闘争委員会で当日決定することとし、組合のメツセージは申請人酒井明が持参することとなつていたが、当日午前九時大分支部副委員長足立晃及び同支部組織部長吹上某の両名が組合員は大々的に参加すると宣言し引率を申請人主張のような事態が起つたので決して申請人等がこれを独断専行したものではない。尚申請人等のうち右大会に参加したのは右メツセージを持参した申請人、酒井明と引率者申請人後藤精徳の両名だけで、いずれも組合の決定した方針に従つて行動したにすぎず、又申請人平山憲政は同日大分交通労働組合副組合長の資格で午前十時半からと午後三時からと二回に亘つて行われた被申請人会社との間の団体交渉に当つて居り、申請人姫野直同岩尾英信の両名はいずれも同日午前九時頃被申請人会社業務課並に中央操車係から電車運行状態がわるい旨急報をうけて乗務員等の乗務を悠憑説得のため午後一時頃まで奔走して相当の成功を納め、申請人後藤正義も亦前記の団体交渉に立会つて居たもので、これ等四名いずれも前記大会に参加せず職場を抛棄してもいない。
のみならず仮にこれが組合の統制にもとずかない争議行為であつて申請人等はいずれもこれに参加又は指導助勢の挙に出でたとしても、これを理由として申請人等を解雇することは労働関係調整法第四十条違反たるを失わない。
何となれば同条は苟くも争議行為である以上それが正当であろうと違法であろうと労働関係調整法第四十条によつて地方労働委員会の同意なしに解雇することは違法であり無効であるからである。
労働組合法は正当な争議行為だけを保障するのであるが労働関係調整法は労働者個人を保護しようとするものであつて、資本家側が争議行為を違法なりと称して解雇する危険から労働者を護るには、たとえ違法な争議行為と雖もこれを理由として労働者を解雇することは許さず、特に労働委員会が解雇に同意したときに限つて許されるものとする必要があるので同法第四十条の規定が設けられたものと解すべきだからである。
而して大分地方労働委員会が昭和二十四年二月十日に至つて本件解雇に同意したことはこれを認めるが、この同意は第一に事後において行われたものであるし、第二に極東理事会の定めた日本の労働組合に関する十六原則中調停及仲裁機関は労働者の利益を確保する条件の下に運営さるべき旨の方針に違反するから無効である。
以上要するに本件解雇は労働関係調整法第四十条に違反し且労働委員会がこれに同意を与うべき場合でないから無効である。
3、次に申請人は本件仮処分は組合員でない者を従業員とする不法があると主張するがこれは当らない。
申請人等は大分交通労働組合から除名されたことはないから本件不法解雇によつて当然同組合員としての身分を失うものではない。従つて本件仮処分によつて申請人等が保持しようとするのは従業員たる身分だけであり、組合員でない者が従業員となるような結果は生じる虞はなく本件仮処分は適法である。
(ロ) 更に本件仮処分によつて被申請人が著しい損害を蒙る等特別な事情の存することは否認する。申請人等は本件不法解雇によつて生活権を脅かされたので、生活権に対する急迫な侵害を排除する目的で本件仮処分申請に及んだのであるが、被申請人会社は争議における労働者側の気勢を挫く手段即ち一種の争議行為として本件解雇を敢てしたのでありこの争議行為を維持するために本件仮処分の取消を求めんとするに過ぎない。(双方の疏明省略)
理由
処仮分申請人等(以下申請人等と略称する)はいずれも仮処分被申請人(以下被申請会社と略称する)の従業員で、申請人等主張のような大分交通労働組合に於て、夫々その主張のような地位を占めているものであること及び被申請会社は昭和二十三年十二月二十八日附を以て申請人等を解雇する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争のないところである。
而して申請人等は「右解雇は被申請人等が被申請会社と大分交通労働組合間の賃銀値上及び越年資金要求に関する争議について争議行為をしたことをその実質的な理由とするものであつて、労働組合法第十一条及び労働関係調整法第四十条に夫々違反するから無効である。」と主張し、被申請会社は「右解雇は申請人等が昭和二十三年十二月二十二日及び同年同月二十三日の両日に亘り正当の理由なくして自ら、職場を抛棄し、又は他の職場抛棄を煽動したので、申請人等所属の大分交通労働組合との間に同年同月二十七日成立した協定にもとずいてしたもので、労働組合法第十一条及び労働関係調整法第四十条に違反するものでない」と争うので申請人等のとつた行動は一いわゆる争議行為であるか否か二あたるとすれば正当な争議行為であるかどうか三労働組合法第十一条及び労働関係調整法第四十条の適用があるか否かについて順次判断する。但しいうまでもないことであるが本件は仮処分訴訟であるから以下裁判所のする事実認定は、すべて証明の程度に至らない疏明にもとずいて下す一応の判断に止まり、厳密な意味に於ける証明にもとずいて裁判所が本案訴訟において下す終局的判断とは自らその性質を異にする。
(一)、申請人等の行動は争議行為であるかの問題
証人高江洲昇 同小林久雄、同後藤和夫の各証言を綜合すると被申請会社及び訴外大分交通労働組合の間には昭和二十三年十一月頃から越年資金の要求を廻つて争議を生じていたが、昭和二十三年十二月二十二日大分市内若竹公園で主催者不詳の越年資金獲得労働者蹶起大会が催された際被申請会社従業員の多数が職場を抛棄してこれに参加したので被申請会社経営の別府亀川大分間電車運行は同日午後一時頃から次第に減車の止むなきに至り遂に平常運行量の約三分の一となつて午後八時頃ようやく平常に復し、又翌二十三日被申請会社経営の国東鉄道機関車乗務員二名が運行中の機関車を抛棄してほしいまゝに下車し、これがため該列車は他から乗務員を補充してようやく運行を続ける等の各事態が発生し、被申請会社の業務の正常な運営が阻害せられたこと及び右各事態はいずれも申請人等の参加、指導若しくは煽動によつて生じたもので、而もこの申請人等の行動が本件解雇の実質的理由にほかならないことが認められる。
申請人等は申請人酒井明が大分交通労働組合中央闘争委員会の決定にもとずきメツセージ持参のため、又申請人後藤精徳が同組合大分支部組織部長等の命をうけて参加者引率のため、夫々前記大会に参加したほか、他の申請人等は参加せず、また各申請人等いずれも職場抛棄を指導若しくは煽動したことはないと主張するけれどもこの主張を認めて前段認定を左右するような疏明は何等提出されていない。
而して労働関係調整法第七条は同法にいわゆる争議行為とは労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行う行為、及びこれに対抗する行為であつて業務の正常な運営を阻害するものをいうと定義して居りこの定義は同法に限らず争議行為の観念として一般に妥当するものと考えて差支ない。そこで申請人等の前記行動が越年資金要求に関する主張貫徹を目的とするものであつたことはその前後の事情から容易に窺い得るのであり、右行動の主体となつた申請人等各労働者又はその集団はいわゆる「労働関係の当事者」たるを失わないし、これによつて被申請会社の業務の正常な運営は前述の通り阻害されたのであるから、申請人等の右行動は正に争議行為に該当するといわなければならない。
(二)、 正当な争議行為か否かの問題
申請人等の行動が争議行為にあたることは前段に説示した通りであるが、これが争議行為として正当なものであるか否かは自ら別個の問題である。ここで正当な争議行為というのは正当な争議権の行使と認められる行為という意味であるが、当裁判所は次の二つの点に於て申請人等の前記争議行為は正当でないと判断する。
(イ) 第一に申請人等の行動は労働関係調整法第三十七条の規定に違反する。
何となれば被申請会社の営む事業は同法第八条第一項第一号の運輸事業(公益事業)であること当裁判所に顕著であり、従つて申請人等が争議行為をするには同法第三十七条により争議の目的たる事項について労働委員会に調停の申請又は請求がなされ若くは労働委員会が職権調停の決議をした日から三十日を経過した後でなければならない。(成立に争のない疏甲第五号証によると大分交通労働組合と被申請会社間の労働協約第五十七条には争議が解決しない場合は労働委員会に提訴し調停をまたなければ争議に入ることはできない旨の条項があるがこれは労働関係調整法第三十七条の適用を排除するものではないと解せられる。)然るに証人小林久雄同高江洲昇の各証言並にいずれも成立に争のない疏甲第一号証、同第二号証によると前記越年資金要求は昭和二十三年十一月二十七日大分交通労働組合から被申請会社に提出せられ、次いで同年十二月二十三日被申請会社から大分地方労働委員会に調停の申請がなされたものであることが認められるから申請人等は昭和二十三年十二月二十二日及び二十三日当時においては未だ越年資金についての争議行為をすることはできないのであつて、これを敢てしたのは労働関係調整法第三十七条に違反するといわなければならない。
この点について申請人等は前記私鉄経営者協会と総連との間の賃銀問題団体交渉について中央労働委員会に対し昭和二十三年十月八日調停の申請がなされたので、暫定賃銀については爾后三十日の経過によつて争議権が発生しているし、前記越年資金要求は同年十二月分暫定賃銀と共に併せて要求したものであるから当然越年資金について右争議権にもとずいて争議行為をすることが許されるという主旨の主張をするがこの主張は理由がない。即ち証人内山光雄の証言によると、なるほど被申請会社の加盟する私鉄経営者協会と、大分交通労働その他の単位組合から構成される全国私鉄労働組合総連合会の双方から昭和二十三年七月分以降の本格賃銀問題について昭和二十三年十月八日中央労働委員会に調停の申請がなされ、以来今日に至るまで協定が成立していない事実が認められるから、右申請の日から三十日を経過した後は前記本格賃銀について関係当事者が争議行為をする権能(申請人等のいわゆる争議権)を生じたことは疑がない。併しいわゆる越年資金は本質的に臨時的一回的な給与であつて、経常的な労賃率にもとずく本格賃銀とは別異のものであるし、又本格賃銀の協定成立後清算せらるべき性質を有するいわゆる暫定賃銀とも性質を異にする。従つて本格賃銀について前記のように争議権を生じた場合暫定賃銀問題についてこの争議権を行使できるかは多少議論の余地もあろうが、少くとも越年資金のみを当面の目標とする限りこの争議権にもとずいて争議行為をすることは許されないと解すべきである。而して証人高江洲昇の証言といずれも成立に争のない疏甲第一号証疏甲第二号証によれば本件越年資金要求は当初専ら越年資金六百五十万円のみに関していたがその交渉の過程において組合側は一時戦略的にその一部百五十万円を十二月分暫定賃銀として要求することに改め更に再転して六百五十万円全部を越年資金として要求することに変更し、この状態で昭和二十三年十二月二十二日同年同月二十三日に至つたものであることが認められるので右両日に於ける前認定の申請人等の争議行為は専ら越年資金要求のみのために行はれたものと解するほかはない。然らば仮に暫定賃銀問題について前記争議権が及ぶという解釈をとつても申請人等の前記争議行為を右暫定賃銀についての争議権で正当化することは許されないと考える。
(ロ) 次に申請人等の行動は所属労働組合の統制下に行われたものでない点において正当でない。
即ち前頭証人内山光雄の証言の一部及び同小林久雄、同高江洲昇の各証言を綜合すると、
1、総連は中央労働委員会における本格賃銀問題についての調停が妥協点に達せず該問題に関する争議解決の手段として全国一斉の罷業計画を樹て昭和二十三年十二月二十二日を期してこれを決行すべき旨大分交通労働組合を含む所属各単位組合に指令を発しその準備をととのえさせていたが、その前日即ち同年同月二十一日急に右計画決行を当分延期することを決定しその旨前記各加盟組合に指令したので大分交通労働組合も亦同日該指令を受けるや直にこれを全組合員等に徹底するよう貼札その他の周知方法を講ずると共に、尚当日たる翌二十二日午前六時頃大分放送局から高江洲昇大分交通労働組合長がその旨放送した。
2、又暫定賃銀及び越年資金問題については総連において各加盟組合とこれに対応する経営者との個別的交渉に委せる態度をとつて居り、従つて前記罷業延期命令も亦この点に触れていなかつたが、大分交通労働組合としても、総連が越年資金については争議権なしとの見解をとつている関係もあり、越年資金要求貫徹のためには労働基準法厳守の方針を実践するほか特に罷業等の争議行為を行う計画は樹てゝ居らず、昭和二十三年十二月二十二日大分市若竹公園で行われた前記蹶起大会には単にメツセージだけを送り、参加するか否かは当日の状況如何で改めてきめることにしていた。併し当日申請人等が前認定のような行動をとりこのため多数の従業員が職場を抛棄して同大会に参加し又翌日国東鉄道乗務員が前記のように職場を抛棄するような事態は組合として全く予期してもいなかつたところで、勿論このような参加指令も諒解も与えていなかつた。
という事実を認め得る。
而して申請人等は組合の統制に服すると否とは組合内部の問題で、労働法上正当な争議行為か否かに関係はないと主張するけれども、労働組合法及び労働関係調整法等の企図するところは、労働組合の健全な発展と活動を通じて労働者の地位の向上と労働関係の調整を計るにあることを考えるなら、本件のような労働組合が苟くも既に存する以上同組合の統制下に行われる争議行為だけが正当なものであり、組合の統制を逸脱して勝手に行われる労働者若くはその集団の争議行為は正当なものと認め得ないといわなければならない。
(三)、労働組合法第十一条労働関係調整法第四十条の適用があるかの問題
申請人等の前記行動が正当な争議行為ということができないことは前段で明にされた。
併しながら前記のやうな意味での正当な争議行為でなければ労働法上一切の保護が与えられないかというに、簡単に然りと断定することはできない。何となれば同じく不当な争議行為でも、その不当とせられる理由の如何によつて労働法上の保護規定中適用されるものとされないものとがあると認めなければならないからである。
そこで本件で問題となるのは、労働関係調整法第三十七条に違反するのみならず組合の統制をはなれて行われたために不当とされる争議行為は労働組合法第十一条にいわゆる労働組合の正当な行為にあたるか又労働関係調整法第四十条にいわゆる争議行為に含まれるかである。
思うに本件申請人等の行動の如く組合の統制を逸脱し且労働関係調整法の平和条項に違反した争議行為が労働組合法第十一条にいわゆる労働組合の正当な行為にあたらないことは多く論ずるまでもなく明かであろう。併し労働関係調整法第四十条の場合は単に争議行為というだけで、そこに明文上何等の限定をしていないから疑問の生ずる余地がある。そこでこの点につき考えて見るのに労働関係調整法第八条所定の公益事業以外の事業において労働協約上の平和条項に違反した場合は兎も角、公益事業において労働関係調整法第三十七条の平和条項に違反した場合は同法第四十条の争議行為にはあたらないと解釈すべきである。このことは同法第三十八条に違反してなされた警察官吏、消防職員等の争議行為が同法第四十条の適用を受けるものでないこと当然であり而も右第三十八条と第三十七条とはいずれも労働関係の当事者の利益をはなれた公益の立場からする争議行為禁止規定であつて第三十八条違反と第三十七条違反とを区別して取扱うべき実質的理由はすこしもないことを考えれば明かである。
以上の次第であるから本件解雇が労働組合法第十一条及び労働関係調整法第四十条に違反して無効であるとの申請人等の主張は理由がないと一応判断される。
次に申請人等は被申請会社と大分交通労働組合間の労働協約並にその実施に関する覚書によると従業員の解雇については右組合に一定の手続によつて事前に合議すべき旨規定されているのに、本件解雇については合議がないから無効であると主張しいずれも成立に争ない疏乙第三号証、疏甲第五号証、疏乙第四号証を綜合すれば右協約並に覚書中に申請人等主張のような規定の存することは明かであるが、右規定は労働協約、覚書、その他如何なる名称を以てされたかを問わず結局労働関係当事者間の合意でありその本質において労働協約たるに過ぎないから特定の解雇について組合が事前に他の方法によつて同意を与え又は事後において追認を与える限りその解雇は有効たるを失わないと解すべきである。本件解雇について大分交通労働組合は各支部毎に組合員の決をとり昭和二十三年十二月三十一日これを承認したことは証人高江洲昇の証言及成立に争のない疏甲第三号証によつて明かであるから本件解雇は前記覚書の手続をとつたと否とに拘らず有効でありこの点に関する申請人等の主張も亦理由がない。
従つて申請人等が本件解雇の無効原因として主張する事実上又は法律上の主張はいずれも疏明又は法律上の理由がないので爾余の争点並特別事情の有無について判断するまでもなく本件仮処分はこれを取消さなければならない。
而して被申請人は本件仮処分の取消を求めるに当つて保証を条件としての仮処分取消を求めて居るのであり、当裁判所は当事者の求めるより利益な判決はこれを与えることはできないから、右取消の言渡は民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十五条第二項後段に従つて金五千円の担保を供することを条件としてこれをなすことにする。
よつて訴訟費用については同法第九十五条第八十九条をまた仮執行の宣言については同法第七百五十六条の二を夫々適用した上主文の通り判決する。
註・昭和二十四年二月二十八日控訴の申立あり。